東京都印刷工業組合 千代田支部

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千代田支部について ABOUT CHIYODA BRANCH

橋本 梅吉

橋本 梅吉
東京都印刷工業組合
千代田支部長 橋本 梅吉様
大正7年3月22日生
所属 文唱堂印刷(株)

異彩の支部長

異彩の橋本梅吉様が支部長に選任され、本格的に千代田印刷会館建設に取組んだ。 加藤廣太郎顧問が言われましたが、『会館建設10年間の一番の功労者は、その意味では橋本君ですよ』 全くその通りで、支部長を3年間やらざるを得なくなり会館社長も二期つとめる事になったのです。天は人を与えるもので、経験豊かな強気の風雲児が活躍して会館の完成を見たわけです。

会館建設

会館の構想は敷地面積の9割45坪 総延数325坪、地上8階建(地下なし)を当初坪当り20万と積算したのですが、無理ではないかと判断し坪30万として9,800万円で契約し、その後1,500万の追加があり、そのほか700万ふえて総額12000万円になってしまった。
五ケ年間の積立金額では足りず、さすがの橋本様も困り抜いたわけですが、その間にも契約金の不足分を立替えたり、苦心を重ねつつ銀行の借入金も5年間に全部返済し、支部貞からの借入れ利子も一年早く支払うことができ、ほんとうにホットしたと述懐しています。また、地主との調停裁判には会社の顧問弁護士をたてたり、何回も地裁へ足を運んで話し合いを続けたのです。

会館落成

その苦労の甲斐あって、昭和49年6月26日(株)千代田印刷会館落成式が行われ、第一部は式典、第二部祝賀パーティーと400名出席のもと、『親睦と協調と進歩』のシンボルとして目出度く発足した。 当日の主催者は橋本梅吉社長、矢部富三式典委員長、市村道徳財務委員長、山岸嵐建委員長、中村正男運営委員長でした。

中西虎之助岩彰誌レリーフ設置

昭和46年9月11日新装の印刷会館一階正面にわがオフセット印刷隆興の先覚者、中西虎之助翁の距彰誌が壁面に取りつけられ、功績を永く後世に伝える事になった。除幕式は中西氏曽孫新村明義様 (新村重晴様令息)の手によって行われた。胸像の土地使用に村し新村長次郎様から千代田印刷会館 へ100万円の寄付がありました。

横顔

橋本様が席にあらわれると場内が活気ずき笑いが起る。冗談を言ってるが、なかか肝がすわっており強気です。ゴルフの優勝も度々ですが、釣の名人であり女色も加藤廣太郎様と好一対でしたけれど、 橋本様が当然のように思われるのは人徳でしょうか。お遊びも盛んだったが事業の発展も凄まじいものです。とても太刀打ちはできません。